ヨガのフリーペーパーより2008年10月01日 22時51分49秒

 試験が終わったその日に、「毎週末、体調不良でぶったおれてる訳にいかねんだよぉ!」という勢いで、ヨガ教室を探しました。で、先日行ってきたのが、ストレッチヨガ。今までパワーヨガ系ばっかりしてたので、こういうの面白そうと思って。ストレッチをしつつ、気を丹田に落として、健康になることを目的としてるというか。とりあえず3ヶ月、続けてみようと思います。

 初回は、「ねじりのポーズ」。1つのポーズに行き着くまでにたくさんストレッチ&準備をして、1時間かけて、本当に効くのばし方、ねじり方を沢山練習して、ポーズの完成よりも、プロセス、心のありようがヨガの大事なところ、という感じで、精神修養にもなるかな、と。

 かえりに、ヨガヨムというヨガのフリーペーパーくれました。隔月発行なのかな?vol.17でした。やぁ、いろんなものが世の中にはあるものですね。その中で国際ヨガ協会というところが載せている広告の文章。

 細いとか太いとか 
 痛いとかカユいとか
 そんなことは白い骨になれば
 どうでもいいこと   
 誰を愛したか-----  
 宇宙の記録には 
 それだけが残るんだ

 なんてのがあった。細い、太いはともかく、痛いカユいは生きてるときにはかなり切実な問題ですが、たしかに、死んでしまったら一瞬のうちに関係なくなるのかもね・・・。幽体離脱体験(夢)からしても、それはそうだなぁと思います。

 誰を愛したか。。。基本「愛」というものに近づかないように生きてる私には、なかなかキビシい言葉であります。

 マクロ的に考えると、「いのちへの愛」とか「人類愛」とかいうのはもってるかも。。。と思う。けど、ミクロ的に見たら、何もかも嫌い!というのが先に立つかも。そういう意味では、かなり病んだ人間です。 基本、何もかもに反発してて、いろんなものから距離を取ってる。唯一、一体化したいと思ったことがあるのが、屋久島の森で、その時は「体、邪魔!」と思ってしまった。そういう意味で、別に死にたいと思ったことも(思春期を除いては)なかったけど、積極的に生きる欲望も薄かった。 

 でも、生きることは、体を体験する為に生まれたんだよ、といろんな方に教えてもらい、それもそうか~と思っていたが、愛まで思い至らなかった。。

 アロマの仕事をしたいと思ってるのも、癒したいとか愛とかじゃなくて、むしろ好奇心です。ああ、ぶっちゃけてしまった。。「愛」を基本に生きてる人は強いなぁと思うし、私にはどうしたってかなわないなぁと思います。でも、「愛」なんて自覚したからって持てるものでもないし、ソクラテスの「無知の知」ではないけど、自分には足りないことを自覚するだけでも大変なことかも。難しい。。

 まずは気を丹田に下ろす練習からっすね。

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