鏡のように・・・2009年05月05日 23時14分54秒

 新聞に広告のでてたあるムックを探しに本屋に行ったのですが、隔月刊の雑誌「セラピスト」も今回初めて購入しました。今まで立ち読みなんかは良くしてたのですが、まだ早いというか、いろんな記事や広告で、自分の興味が絞りきれなくなりそうで、買わずにいました。
(もちろんお小遣いの問題もありましたが(^^ゞ)

 今回、特集が「アロマテラピーの検定と資格」というので、私は今AEAJ資格を目指してる訳ですが、本屋さんで他にもJAAとかNARDとかいろんな資格があるのは知ってるけど、一体どうなの?!というのを良く分かってないし、人に聞かれても説明できないよな、と思い、他にもやはり興味ある記事が満載でした。とうとう「セラピスト」を買うに至ったか~~という感じです。

 さて。そんな記事の中の一つに気になるものがありました。

 ”セラピストが過去の自分の体験を手放してクリアーになり「澄み切った鏡」のような状態になれば、クライアントの真実を映し出すことができる”

  ああ。最近の私が自信が無くて苦しかったのは、みんな欲だったんだぁぁ~と気付きました。人に認められたい、がんばってるねって言ってもらいたいetc、etc・・・・。そりゃしんどくなるわな。と思う。

 自分の欲を滅却して、他の人を認め、他の人をがんばってるね、って言えるのは言うは易いが、実行はすごくすごく難しい。無理をしてやったって絶対どっかでひずみがでると思う。だけど、この「欲」をなんとか手放したら、すごく楽になるんじゃないか、とも思う。人にどれだけ認めてもらえたって、それはきっといつまでも不安だし、自分が最後に自分を肯定できれば、それが一番なんだからさ。

 宮沢賢治の「褒められもせず 苦にもされず」のデクノボーの境地ってこれじゃないのかな。と思う。あああ、修行だわ。4年前に神戸のスピコンで横浜から出展のヒーラーの女性に言われたことも思い出す。「どう生きたらいいですか?」という私の質問に、彼女は「傷ひとつないクリスタルのように自分を磨きなさい」と言ったのだった。その時は、そんな抽象的な事を言われても分からん!と思ったものですが、もしかして、この事を指してるのかな~とも思います。

 次々湧き出てくる欲=煩悩を抑えるのは難しい。だけど、私は人間ではなくて、クリスタルや澄み切った鏡の化身なのだ、と思い込めば、ある程度は欲をコントロールすることができるのではないだろうか?と思いました。まぁ、そんな事言っても、私はどうも人一倍欲深いようなので、そこまでしてようやく人並かもしれませんけどね(^_^;)

 今日からは心を入れ替えて、修行者のような気持ちになって、様々な欲をかき立てる落とし穴の多い都会生活をRE・STARTしたいと思います。

 そうそう、まだ開始してませんが、引越しブログのタイトルは「目指せ☆都会のスロウライフ(仮)」の予定です。都会で都会のペースや友達のペースに流されず、マイペースに隠遁生活?かつエコロジーも少し考えた生活を追及したい、というのが、私の中年期人生の目標かと。。。この「朔の挑戦」というタイトルも色々挑戦して行きたいという、3年前の私の目標でした。当時は、何に?とかえらく漠然としてたけど、これだけ絞れたのは我ながらアッパレです。もうすぐ火星の年齢域(34歳)だもんね。火星の年齢域の間に色々成長したいこと、たくさん。

 「欲はなく」、鏡のような、クリスタルのような、真実を映し出せるような透明さを目指して!!